No.167, No.166, No.165, No.164, No.163, No.162, No.161

四季送り げんみ❌
 雲平に、「もし錦玉さんに殺されたらどうするの、不安じゃないの、怖くないの?」って訊いたら、常識を問われたみたいなきょとんとした様子で、
「(錦玉は)死神の鎌(さつじんはん)を殺す為に殺し屋になったのでしょう」
と首を傾げてんの、ほんと。
 忘れたことなど無い。分かった上で、一緒に居る。

 返答はこの一言だけど、背後にある理由は短時間に書き出せない数とボリュームなので、いつか言語化して下書きしておきたいわね。畳む

#四季送り #呟き

四季送り げんみ❌
 祝さんのことだけど、シナリオにおける遺書には秋の罪を認めながらも幸せを願う他に、祝さん自身について地獄に落ちるのかなって思ってる記載があるんですよね。
 そりゃ裏社会に踏み入ったことと、殺し屋集団に属していることから、実行犯でなくとも幇助の罪はあります。あるんだけど、自陣においては「普通に生きていくこともできたのに、奉弥をこの仕事に引き戻したのは俺だ」と、責任があると自認されてるんですよね。
 だから、もし自陣の祝さんの遺書を読む機会があったら、その時には地獄で奉弥を待つ覚悟でいるんじゃないかしら……なんて思ったり。勿論KP様の解釈が自陣の祝さんなので、違ったら違うで知りたい聞きたいの身です。
 肝が据わってるし、腹も括ってる、覚悟の男、化野 祝ーー。

 雲平は雲平で、皆を日向に押し返せたとしても、祝さんのことだけは手放せなさそうなのを自覚してます。本編で祝さんにヨスガのことや詞さんのこと打ち明けられたときだったか、一度は「どのみち殺し屋に戻るしかなかった」と祝さんの責任を否定した雲平でしたが、本編後時間をかけて「否定する方が苦しませるし、ひとりで背負ってきた祝に不誠実だ」と考えるようになりまして。今では葛藤するより“祝さんが責任を感じてること”を受け入れてます。
 だから、祝さんが地獄に落ちるなら、それを止めはしない。ただ、自分以上に苦しんで欲しくない。そんな道理は無いはずだから。
 それさえ叶うならば、どうか。
『一緒に、居てくれますか。生前と変わらず、違う地獄を共に歩いてくれますか』
 魂が呪いに溶けるまで。

 詞さんのことも忘れちゃいないので、たまには天国に行ってほしい。懐かしい人たちに会いに行ってほしい。でもまた落ちてくれるんだよね。

 待ってる。

P.S.
 前提として、雲平は雲平自身に対して「地獄に行けるとか何様だよ」と吐き捨ててるのですが……地獄に行けること自体が呪いなら、仕方ないと思う余地くらいあるのかなって。
 それに、祝さんが待つと言うなら、溶ける前に追いつかなくては。畳む

#四季送り #呟き

四季送り げんみ❌
 雲平のパニパニパニック……んな可愛いもんじゃないんだよなァ! あいつが怯えてる恐慌状態って!! 親殺しをした恐慌状態含め、今も予感に怯えて唇を青くするほどのパニック状態。Subドロップの酷い状態にも似てると思う。
 ごめんね、これは【救急隊員が火災でパニック状態に陥った人を助けようとするけど、パニック状態故に暴れ逃げてしまい難航してる様子】の動画のコメント欄見てイラっとした呟きです。
 そこから、パニック、フラッシュバックなどに襲われた人間の苦痛は知ってる人にしか分からないんだよなって。雲平のも、発狂RPの機会があっても理解されないのかもしれない。

 少なくとも雲平のは、両親を殺した上に、それ以前の記憶を失うほどの心的負荷(そこまでいくと損傷)なので、今でも恐慌状態の予感に怯えるのも当然だと思ってる。本編終盤までのように、殺し屋として感情を閉じて、自分を固く蓋できていられたら、怯えることもなかったのだけどね。
 そんな姿を見せてはいけない、と歯を食いしばって耐えてもいるけど、いつかはボロが出るんだろな。それすら理解されない。求めることでもない。

 目に映る全てが恐ろしくなる。聞こえる全てが責め立てているようになって頭蓋の中で反響する。視野は急激に狭まり、内側からガンガンと穿つような焦燥と恐怖などで混乱する。肌に感じる全てが血に飢えた獣の牙爪であるかのように正気を削る。知覚できるすべてが錯綜して理性を失う。判断が出来なくなる。優しい手も呼び掛けも何ひとつ届かなくなる。
 次に知覚を、思考を取り戻したときには、手遅れになって、次の絶望と恐慌、さらなる苦痛を終わりなく招くのだ。まさしく下降する螺旋のように。畳む

#四季送り #呟き

四季送り げんみ❌
 これは他陣HO秋たちの伏せを見ていて思うこと。雲平のどろどろの話ではなくてシナリオに焦点当てた話。
 伏せに出す前の下書き→多分出さずに終わる!

 生きてられない、理由が無い、生きて償えなんてどうしろって言うのetc. 見かけては「そうだねぇ……」と同じ筵に生きるPLとして思うのだけど、良いかい。
 もしそれが探索者が抱える痛みや感情であるならば、それはシナリオが想定したHO秋の方向性として合っているのです。そんなHO秋だから、祝はHO秋を憎むのではなく心から愛したし、寧ろHO秋にそんな生き方を強いたヨスガに矛先を向けて、探し続けていたはずです。これはKP情報の祝さんのところに基づいた解釈ですので、是非目を通してみてください。
 私の解釈だけど、祝さんは祝さんのやり方で、詞さんとHO秋を想って11年間、ひとりで戦い続けた。それを支えたのも、紛れもなくHO秋の存在だったんじゃないかしら。

 だからね、決してHO秋やPLのメンタルが弱いとか、そういうことじゃないのですよ。受け止めて良いのです。読んでも痛みが溶けなかったり、和らいでもまた疼きに呑まれてしまうかもしれない。私自身が何度も繰り返してますから。弊秋も決して解決してないし、気を抜けば泥濘に溺れかけていますから。
 そんな同じHOを握った人間として、俯瞰しての一言でした。
 大丈夫、弱くないし、身勝手じゃない。否定しないで受け止めて良いよ。畳む

 伏せに出す時はところどころ書き直したり足したりする。
#四季送り #呟き

四季送り げんみ✕
FF14 暁月のフィナーレ ネタバレあり
 動画をだらーっと見てたら、たまたまエンテレケイアの話があって、たどたどしい話し方をするメーティオンが居て、
「この話し方を参考にした方が、雲平の話し方伝わり易く、字数も抑えられるかな?」
と思ってたんですよ。
 ふと気付いた。
 デュナミス。思念、情念のエネルギー。堕ちた鳥。終末の、絶望の、呪詛の掃溜め。
 雲平は何かと対話したわけじゃないけど、人間の悪性を記憶の限り目の当たりにして蓄積してるからさ。「PvPになり得る発狂なら、こうだろうな」ってのは兼ねてよりあるのだけど、終末の獣に転じかけてる人間っぽさは正直ある。何なら呪詛の残滓だったり、仕事の際に浴びた呪詛や命乞い、悲嘆の言葉を再生してるんだよな。
 そもそも雲平の概念がシナリオと嚙み合ってしまって、ヨスガが求めていた絶望、苦痛、悲しみ、怒りと言った感情をモロに浴びて、侵されているんだよ。正直「次の大祓で次期虚の器になっても違和感ないのでは」って思ってるよ。『幸せがわかる感性が、記憶に無くとも経験として存在しているが故では』って説はつい先日ここに書いた通りで、諸々、デュナミス×虚×雲平はあかんなって思いました、まる。畳む


モンスターハンター ゴア・マガラ関連の話 ネタバレ
 こっちはさ、雲平がモンハンのモンスターだったら何かって話。
 ゴア・マガラの特徴は、狂竜化という、他生物を狂ったように狂暴化させる鱗粉(別称:狂竜ウイルス)を放出する生態。そして繁殖メカニズムが『成体が放つウイルスには生殖細胞が含まれている。これを植え付けられたモンスターは細胞情報を書き換えられ、次期ゴア・マガラに変生する』ってやつ。
 HO秋って、自分の仕事で殺した相手、関係者が不完全なゾンビにされたり、アガチにされたり、復讐のために殺し屋になってるわけじゃん。
 雲平の場合、「生きるために殺す」で仕事をしていたけど、発端って恐慌状態からの親殺し。狂竜ウイルス=狂気、と見た時、この伝播がゴア・マガラと重なってしまったんだよね。特に『渾沌に呻くゴア・マガラ』という、成体になれなかった特殊個体。
 「生きとし生けるもの全てと相容れない」は言い過ぎとしても、「存在してはならないもの」は自覚してるからさ。
(※前者も、雲平は危ういラインでそっちに転がってないだけ、って感触はある。発狂大爆発したらそうなるかも)
 ゴア・マガラは目が見えないとか、ばらまいた鱗粉と触覚で周囲を知覚してる、ってのは雲平じゃないけども、成体=虚、呪詛と狂気に耐えきれなくなった場合は、周囲を狂気と惨劇の舞台に変えていくんだろうな……10年前の祭り会場みたいに。最悪。畳む


せっかくだから、雲平が通常の闇落ちをして、どんな願いも叶えられるとしたら? を。
 通常の闇落ち=『すべての人間を憎み殺す』までいかない闇落ち。
 現状の雲平であれば、通常の闇落ちの範疇に納まる。祝さんや錦玉さん、"あび"の皆、子ども組のことを大事にしてるからね(大事にするのにも、理由をつけて『奪われて当然にさせない』努力をするほどに)。

 さて、じゃあどんな願いにするのって、現時点で生存するすべての人間の寿命を合計し、すべての人間に対して等分する。その際、あらゆる傷病、疾患、その他肉体面の不具合も治癒させる。これにより、偶発的な事故、災害、感染症等を除いた死亡は、おおよそ人間同士の悪意によって成された"殺し"であると証明される
 軽率に人の死や不幸を望み、そのくせ手を汚すのは他人任せ、人を追い詰め死なせても無責任に次の標的を探しに行く。自分が対象になるとは思いもせず、排泄する呪詛には無頓着。無自覚に他者を蹴落として、日向に胡坐をかいて日常とやらを謳歌する者どもよ。人の命は尊いと宣わる傍ら、他者の辛苦を慰みに見下ろすばかりの虚言者どもよ。
 同じ毒酒を分かち合おう。同じ痛みを分かち合おう。
 命は尊く、何人も幸せであるべきなのだろう?
 苦しむ短命の者を、テレビ越しに憐れんでいただろう?
 すべての命に、生きる権利があるのだろう?
 命は等価だ。すべての人間で、等しく残りの命を分け合おう。
 その上で見定めよう。その中で証明しよう。
 人間は善なるかな。悪なるかな。罪なるかな。
 多くの命が一斉に命を終える頃、どれほどの命が新生し、或いは先に命を潰しあっているのか。すべての人間で見張り合えば良い。

 ……一応、優しさはあるんだ。豊かな命は寿命が減るけど、弱い命は寿命が延びて、しかも健康体になる。人間にはどうにもならないことは奇跡で賄う。それまで閉ざされていた未来に選択肢を、機会を与えることが出来る。すべての人間を、同じフィールドに立たせることはできるはずなんだ。
 あとは人間社会のシステムがどこまで補おうとするのか。経済的なところや社会の仕組みまでは左右できないから。そういう証明行為だから。
 弱者を食い物にする人間社会。日向から堕ちて、叫びさえ許されず、名前も形も真実も溶けて過去に沈殿していく末路わぬものたち。その存在を常に感じているから、雲平は人間社会というシステムと、軽率な人間たちを憎んでるのかな。このあたりはズレた言語化をしている気がするから、あくまで"かもしれない"程度で。
 間違いないのは、雲平はここにあっても「避けれることで、他者に、自分と同じ轍を踏ませたくない」ってことかな。目の前の命に誠実でありたい。せっかくここまで貫けてるんだから、頑張りたいよね。畳む

#四季送り #思考整理

四季送り げんみ❌
 雰囲気バレするため現行未通過はダメよ。
 私と雲平で乗り物の描き合いっこしてみたんだけど、電車と船、雲平は意識しないものほど輪郭で済ませてるくせ、車だけは描き込み多い……ってか、死体運んでもらうときのトラックを連想してんだわ💢 私は乗用車だが!? 全然思い出せなかったけど!!
 電車たくさん描いてるのは、脳内で「こう描くとわかるんじゃないか」「伝われば良い、簡略化、こう?」を提案し合ってたからです。
 たしかに窓をL字で済ませるの、アリだな……。
中の人と雲平の描き合いっこ畳む

#四季送り #呟き