No.250, No.249, No.248, No.247, No.246, No.244, No.243

四季送り げんみ❌
 あははぁ、雲平の地雷の一つだよね、罪悪感とか自罰欲と曲解されること。広義ではそれにあたる感情を持つとしても、それは決して肯定してはいけない。
 寧ろそう“誤解”されることをしていたのなら、自分に対し、たまたま視界に入ったシャープペンシルを掴み取って衝動的に首に突き刺しかねないくらいの怒りに見舞われる。
 掴み取った時点で、その触感で我に返るけど。最初から握ってる時に過ったら突き刺す寸前までノーブレーキで行動するのでいけない。未遂止まりになるのは生存本能です。生物としての機能が理性や人格を無視して最後のセーフティブレーキになってる。
 生存としての機能が働くまで止まれない、人格が人格を攻撃しあって擦り切れ壊れかけている。もう壊れてるか。腐り落ちかけている、が正しい?
 やっぱKPレス探そうかな、これ自分で処理する限度過ぎてしまったかもしれない。救って欲しいんじゃなくて、どうにか呼吸する余白を見出して、蓋を壊しかねないほど膨張した呪詛が雲平の人格ごと壊しかねないのを回避したい。応急処置しか思いつけないや……。畳む

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四季送り げんみ❌
 「考えることくらいは僕にでもできる」ってちょこちょこ言ってるように、雲平にとって『誰の助力や指示、ヒントが無くたって、自分の頭で考え、試行錯誤できる』ことは生物としての人間性の保証であり、自信になるくらい重要なことなんだよな。
 だからどうしたって? どうした、じゃねぇんだよ。
 って私が代弁して返してしまうくらい、彼の根本の一部になっている。これを自覚するきっかけは、私的には「子どもが自信をつけた最初の出来事として、あまりにも冷酷で虐待的だ」と感じてしまうけど、本人が大事に抱く自信の事実だから、下手に揺るがすようなことができなかったりする。畳む

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四季送り げんみ❌
 サイトで散々壁打ち暴れたお陰か、やや落ち着いて考え事できている。読者としての雲平の面白ポイントをさらっと書き残そう。
 読者としての感想なので、PLとしての書き散らしじゃないよ。ここ、大事だからね! 

 雲平は、「否定するほどにそうであることを示してしまう」傾向があって。
 例えば優しいという評価は否定するし、そうするだけの理屈があって、故に安易な評価にブチ切れする可能性すらある。だけど、あいつがやろうとしてるのは「誠実であること」。
 世界は彼に優しくなかったし、彼が誠実にされたと受け止められる経験も殆ど無い。
 だからって、それを言い訳にしてし返そうとはしない。自分が与えられなかったものを、自分が考え、貫こうとしてる。
 その誠意こそ優しさじゃねーのって私は思う。
 ……雲平にとっては、これを優しいと評されるのは侮蔑に等しいんだけどね。評価されたくてやってるんじゃないし、“誰にでもできて誰もしないこと”をやってるだけで、上辺だけで評価される限り「優しい=都合良い」的な構図になってしまう。
 それを知った上で、何か根拠や理由をもって評価するなら、受け取りはしないけど、評価を否定するまでもしない。
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四季送り げんみ❌盛大にPLの吐き出しだから🔑してます。どんなゲロするものなのか、ゲロの味見したいって人だけHO季節名入れてどうぞ。自己責任で。
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四季送り げんみ❌
 雲平がよく言う「命は等価」、これ真意伝わってないのではないかと今更。言葉にして続き得ることを直接はっきりとは言ってないもんな……。

 命は等価だ。だが、“個人にとっての誰か”の価値は、その個人ごとに上乗せされている。誰かの価値は、評価者ごとに異なるものである。
 例えば世間様にとっての僕は便所紙でも、祝にとっての僕はそうじゃないのは成立する。僕は仕事した相手について等しく扱うけども、錦玉やチトセたちにはそうじゃないのも成立する。そして、僕は彼らが誰かに上乗せしている価値に対し、決して否定したり干渉することはしない。

 何故長鯨などで雲平が『他者の命を軽んじている』と思われたことにショック(不甲斐なさや悔しさ。本人にはショックだとしか分かってない)を受けていたのかって、そう捉えられる実績しかあげれてなかったんだと解釈したから。弁明しようかとおもったけど、弁明こそ雲平が良しとしないのでできていない。
 「言うだけ、思うだけならどうとでもできる」。事実ベースな彼だから、そう思われることしか積めていなかったらしい自分に怒りを覚える。不甲斐無さ、あるいは恥でもあるけど、そのようにはまだ言語化して知覚できてない。

 ちなみに、雲平にとっての誰かの価値を上乗せできるのは、条件付き。だから命は等価だってのも成立したままなんだよね。
 雲平は仕事であれば、祝さんでも“あび”の面々でも、外部の友人でも殺してしまえる、殺さなきゃならないと定めているので。
 ただ“あび”を維持できなくしたり、方針に反することをすることは仕事として矛盾するから、まず受付することに審議が要る。
 なのでまあ、条件を満たす上で仕事で殺すしかないとなれば、殺してしまえる。
 雲平は、命を等価に扱わなければならない。何故なら上乗せする価値は感情や心があってのもの。つまり、道具ではなく人間の領分なのだ。
 仕事または生きるために殺した。否、感情で夫婦を殺してしまった時点で、自分には命を計る自由も権利も無いのだと、雲平は定義している。
 雁字搦めのひとつ。しかし最大限誠実であろうとする姿勢のあらわれでもある。

 これを星の塔で違えてしまったから壊れていってるのを思えば、私自身、扱いに慎重にならざるを得ないのだけど。余白を探すしかないとして、どうやっていけば良いのか、時間だけが流れてくし、その間にも雲平は澱み穢れて煮凝りになってくしで!!
 プレイヤーとして力量不足だったかなぁ……。
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#四季送り #呟き #思考整理

四季送り
 何と言うか、思っていたよりも雲平の歪みが大きいんだなって。けど、抱え落ちるしか無いなとも思う。いつも通りの顔をして。
 実際、そうして生きていくことは出来るし、表に出ればノイズになってしまう。
 一度も相談したりせずにってのは、それはそれで不誠実かもしれないけど、何を目指していつどう伝えるのかが定まらねぇ!!
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四季送り げんみ❌
 雲平への認識として迷子であり、死期を待つしか無い梟なんだよなって。

 かえりたい、かえれない、かえるところなんてない。祝さんのところがあるのに、数秒間の記憶がここじゃないと叫ぶ。その都度、お前が壊したくせにと己に刃を突き立て引き裂き殺し尽くしても足りない衝動に駆られてしまう。
 かえりたいのが家。家なの? 腕の中。だっこ。時間が経つほどに歪んでいく。

 梟ってのは、奉弥の精神、魂の状態かな。
 雛鳥が親を恐れ暴れ傷つけて、しまいに巣を壊し転げ落ちた。生きるために地面を歩き脚は傷だらけ。泥や血に汚れたまま、人間たちに捕まれ都合良く翼を折られて、こびりついた汚れは羽根や羽毛ごと毟られた。雛は飛び方を教わらないまま獣のように隠れて生きる術を必死に自力で身につけた。その間にも手当されなかった傷や汚れは、当然のように膿んで生涯癒えない病と化す。柔らかな陽射しは皮膚を焼き、心地よいはずの微風は歪に生えた羽毛を引き摺り痛みを与えるばかり。夜になれば月と星が雛を鋭く睨み続けていた。
 それでも陽射しと微風が本来やさしいものだと知ったのは、陽射し、風、星の睨みから守りながら、限られた環境の中でなんとか生きる方法を教えてくれる人間が現れたから。彼は決して雛を無責任に自然へかえすことなく、それこそ生涯共にあり、幸せを願い、実際そのように行動する人だった。
 今更雛が自然に生きる術は無い。健全な発育を得られず、この環境に最適化して生き伸びてしまえたから、もう雛には“これ以上”も“これ以外”も無かった。
 かと言って、雛は陽射しや微風を否定しない。自分は駄目だったけれど、たとえば今このときにも、自分と同じようになり得た別の雛(一月くん)が人のもとで健全に生きている。
 だから、もう良い。
 梟にも獣にも人間にもなりきれない見るも穢らわしい雛は、命になってしまった自分を怨み呪う。一方自分以外へは世界のやさしさがあると信じたくて、信じられるように、どこにもいけないまま、かえれないまま、とべないまま、やさしい誰かの腕の中で夢をみる。
 全部誰かひとりにしか意味がないことだったと知りながら。雛をあやす腕すら、誰かに仕向けられたのだろうと知りながら。居座るほどに、保護してくれた者の腕に流れ矢が当たる危険を知りながら。
 しかしどうしてこの雛に、二度も巣から落ちようと思えよう。最初から死ぬまで耐えて巣に留まれば、雛も他もこうは成り果てずに済んだのに。
 誰かの腕の中で、夢を見る。何者かに不意を突いて射られる時を待っている。病が心の臓を止めるのが先だろうか。それとも。
 雛はもう、動かない。
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追記 それでも希望はあってだな。

 こう成り果ててしまった。好き好んで生きてるわけではないし、ことごとくなるべくしてなったのだと証明しなければならない、などと歪みに歪んだ呪いを抱き歩かねばならないとしても。
「子どもが幸せそうな夫婦と家族のまま生きたとして、それは“僕”じゃない。日向の人間らしくお綺麗な顔で誰かを蹴落としたり、踏み躙って生きていく。無自覚に、無責任に、不誠実に。
 僕はそんな風にだけはならない。なって堪るか。
 僕は、“僕”が許せないと思うものに自ら降りはしない。そうしなきゃいけない、だけじゃない。
 証明するんだ。お前たちが流し損ねた便所紙にだって、誰にでもできて誰もしなかったことをやり通せること。人間たちの怠慢と欺瞞を。誰も認識せず、拒絶し否定したって、事実は消えない。いつか、この獣道が必要な誰かの目に留まったなら、なにかひとつの役には立てるだろう。
 どんな人間であれ、誠実であることくらいはできるのだと。誠実の意味は人それぞれだけど、“誠実”と定め努めるからには易々と違えるものではない。善悪なんて茶々を挟む余地は無い。外部に強いられ差し出すものではなく、自身で定め、鍛え、貫くべきものだからだ。
 ”僕”の誠実に反する僕は“僕”ではない。成り下がるつもりもない。死んで、消えて、痕跡すら掠れて見えなくなっても、この事実だけは世界に刻みつけてやる」

「たとえ無意味、無価値であろうとも。僕にだけ意味がある、自己満足の類であろうとも。
 そうあろうとし、貫けた事実さえあれば、『無い』から『有る』ことになる。0より余程、意味のあることじゃないか」
「いつか僕になる汚泥(僕達)への冥土の土産であり、いつか生じるかもしれない僕のような誰かへの置き土産だ。不要なら捨て置けば良い、取るに足らないちっぽけな、しかし僕には生涯を賭けてでも貫かねばならないなにかなんだ」
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