No.246, No.244, No.243, No.242, No.241, No.240, No.239

四季送り げんみ❌
 雲平がよく言う「命は等価」、これ真意伝わってないのではないかと今更。言葉にして続き得ることを直接はっきりとは言ってないもんな……。

 命は等価だ。だが、“個人にとっての誰か”の価値は、その個人ごとに上乗せされている。誰かの価値は、評価者ごとに異なるものである。
 例えば世間様にとっての僕は便所紙でも、祝にとっての僕はそうじゃないのは成立する。僕は仕事した相手について等しく扱うけども、錦玉やチトセたちにはそうじゃないのも成立する。そして、僕は彼らが誰かに上乗せしている価値に対し、決して否定したり干渉することはしない。

 何故長鯨などで雲平が『他者の命を軽んじている』と思われたことにショック(不甲斐なさや悔しさ。本人にはショックだとしか分かってない)を受けていたのかって、そう捉えられる実績しかあげれてなかったんだと解釈したから。弁明しようかとおもったけど、弁明こそ雲平が良しとしないのでできていない。
 「言うだけ、思うだけならどうとでもできる」。事実ベースな彼だから、そう思われることしか積めていなかったらしい自分に怒りを覚える。不甲斐無さ、あるいは恥でもあるけど、そのようにはまだ言語化して知覚できてない。

 ちなみに、雲平にとっての誰かの価値を上乗せできるのは、条件付き。だから命は等価だってのも成立したままなんだよね。
 雲平は仕事であれば、祝さんでも“あび”の面々でも、外部の友人でも殺してしまえる、殺さなきゃならないと定めているので。
 ただ“あび”を維持できなくしたり、方針に反することをすることは仕事として矛盾するから、まず受付することに審議が要る。
 なのでまあ、条件を満たす上で仕事で殺すしかないとなれば、殺してしまえる。
 雲平は、命を等価に扱わなければならない。何故なら上乗せする価値は感情や心があってのもの。つまり、道具ではなく人間の領分なのだ。
 仕事または生きるために殺した。否、感情で夫婦を殺してしまった時点で、自分には命を計る自由も権利も無いのだと、雲平は定義している。
 雁字搦めのひとつ。しかし最大限誠実であろうとする姿勢のあらわれでもある。

 これを星の塔で違えてしまったから壊れていってるのを思えば、私自身、扱いに慎重にならざるを得ないのだけど。余白を探すしかないとして、どうやっていけば良いのか、時間だけが流れてくし、その間にも雲平は澱み穢れて煮凝りになってくしで!!
 プレイヤーとして力量不足だったかなぁ……。
畳む

#四季送り #呟き #思考整理

四季送り
 何と言うか、思っていたよりも雲平の歪みが大きいんだなって。けど、抱え落ちるしか無いなとも思う。いつも通りの顔をして。
 実際、そうして生きていくことは出来るし、表に出ればノイズになってしまう。
 一度も相談したりせずにってのは、それはそれで不誠実かもしれないけど、何を目指していつどう伝えるのかが定まらねぇ!!
#四季送り #呟き

四季送り げんみ❌
 雲平への認識として迷子であり、死期を待つしか無い梟なんだよなって。

 かえりたい、かえれない、かえるところなんてない。祝さんのところがあるのに、数秒間の記憶がここじゃないと叫ぶ。その都度、お前が壊したくせにと己に刃を突き立て引き裂き殺し尽くしても足りない衝動に駆られてしまう。
 かえりたいのが家。家なの? 腕の中。だっこ。時間が経つほどに歪んでいく。

 梟ってのは、奉弥の精神、魂の状態かな。
 雛鳥が親を恐れ暴れ傷つけて、しまいに巣を壊し転げ落ちた。生きるために地面を歩き脚は傷だらけ。泥や血に汚れたまま、人間たちに捕まれ都合良く翼を折られて、こびりついた汚れは羽根や羽毛ごと毟られた。雛は飛び方を教わらないまま獣のように隠れて生きる術を必死に自力で身につけた。その間にも手当されなかった傷や汚れは、当然のように膿んで生涯癒えない病と化す。柔らかな陽射しは皮膚を焼き、心地よいはずの微風は歪に生えた羽毛を引き摺り痛みを与えるばかり。夜になれば月と星が雛を鋭く睨み続けていた。
 それでも陽射しと微風が本来やさしいものだと知ったのは、陽射し、風、星の睨みから守りながら、限られた環境の中でなんとか生きる方法を教えてくれる人間が現れたから。彼は決して雛を無責任に自然へかえすことなく、それこそ生涯共にあり、幸せを願い、実際そのように行動する人だった。
 今更雛が自然に生きる術は無い。健全な発育を得られず、この環境に最適化して生き伸びてしまえたから、もう雛には“これ以上”も“これ以外”も無かった。
 かと言って、雛は陽射しや微風を否定しない。自分は駄目だったけれど、たとえば今このときにも、自分と同じようになり得た別の雛(一月くん)が人のもとで健全に生きている。
 だから、もう良い。
 梟にも獣にも人間にもなりきれない見るも穢らわしい雛は、命になってしまった自分を怨み呪う。一方自分以外へは世界のやさしさがあると信じたくて、信じられるように、どこにもいけないまま、かえれないまま、とべないまま、やさしい誰かの腕の中で夢をみる。
 全部誰かひとりにしか意味がないことだったと知りながら。雛をあやす腕すら、誰かに仕向けられたのだろうと知りながら。居座るほどに、保護してくれた者の腕に流れ矢が当たる危険を知りながら。
 しかしどうしてこの雛に、二度も巣から落ちようと思えよう。最初から死ぬまで耐えて巣に留まれば、雛も他もこうは成り果てずに済んだのに。
 誰かの腕の中で、夢を見る。何者かに不意を突いて射られる時を待っている。病が心の臓を止めるのが先だろうか。それとも。
 雛はもう、動かない。
畳む


追記 それでも希望はあってだな。

 こう成り果ててしまった。好き好んで生きてるわけではないし、ことごとくなるべくしてなったのだと証明しなければならない、などと歪みに歪んだ呪いを抱き歩かねばならないとしても。
「子どもが幸せそうな夫婦と家族のまま生きたとして、それは“僕”じゃない。日向の人間らしくお綺麗な顔で誰かを蹴落としたり、踏み躙って生きていく。無自覚に、無責任に、不誠実に。
 僕はそんな風にだけはならない。なって堪るか。
 僕は、“僕”が許せないと思うものに自ら降りはしない。そうしなきゃいけない、だけじゃない。
 証明するんだ。お前たちが流し損ねた便所紙にだって、誰にでもできて誰もしなかったことをやり通せること。人間たちの怠慢と欺瞞を。誰も認識せず、拒絶し否定したって、事実は消えない。いつか、この獣道が必要な誰かの目に留まったなら、なにかひとつの役には立てるだろう。
 どんな人間であれ、誠実であることくらいはできるのだと。誠実の意味は人それぞれだけど、“誠実”と定め努めるからには易々と違えるものではない。善悪なんて茶々を挟む余地は無い。外部に強いられ差し出すものではなく、自身で定め、鍛え、貫くべきものだからだ。
 ”僕”の誠実に反する僕は“僕”ではない。成り下がるつもりもない。死んで、消えて、痕跡すら掠れて見えなくなっても、この事実だけは世界に刻みつけてやる」

「たとえ無意味、無価値であろうとも。僕にだけ意味がある、自己満足の類であろうとも。
 そうあろうとし、貫けた事実さえあれば、『無い』から『有る』ことになる。0より余程、意味のあることじゃないか」
「いつか僕になる汚泥(僕達)への冥土の土産であり、いつか生じるかもしれない僕のような誰かへの置き土産だ。不要なら捨て置けば良い、取るに足らないちっぽけな、しかし僕には生涯を賭けてでも貫かねばならないなにかなんだ」
 畳む

#四季送り #呟き

四季送り げんみ❌
 雲平の近況? 日常の範囲を見せてるかと。それ以外もそれ以上も言える内容じゃないし本人も言う気が無いのである。

 注意を向けられそうな変化としては
・深夜に家を出て、遅いと朝方に帰ってくる。その間のことは「歩いてた」しか答えない。
 朝になっても音沙汰無い場合は大抵神話的事象なり事故なりに巻き込まれてる。しかし殆ど話さない。
・頸、特に髪の生え際あたりの爪傷が絶えない。
・動きが止まる、ぼうっとする、浅くだが眠る頻度が増えている。
くらいかな。
 それでも一緒に生活して、触れたり意識する機会が多くないとわからないかも。

 他の異常、変化は細々と幾つでもあるけれど、無表情、無反応で覆って見せようとしない。
 知られてメリット無いし、相手にはノイズになる。わざわざ明かす必要が無い、ってね。

 それでもどこかに書いておかないと、中の人の脳内だけで全部完結してましたってのも良くないよなぁって。かと言って、公開してもKPPLたちに負荷をかけるだけになりそうで。
 此処に書いたって見てなければ共有してないのと同じだけどね! 伝えてないものをどうやって見るってんだ。わかってるよ。
 まあなので、私がRPでふと根拠探す時のとっかかり程度に、ね。残しておきます。
 畳む

#四季送り #呟き

四季送り
 自探索者が脳内にいると重宝することがあるの多々あるのだけど、「人の悪口で盛り上がってる人たちに同調を求められたらどうする」って考えた時、雲平が
「他人のこと、よく見てる。僕はそこまで見れない、わからない。聞くだけ。勉強になるよ」
を回答案にしてて、お前そういや京都人やったなって……。

 めっちゃ嫌味やん。
#四季送り #呟き

四季送り げんみ❌
 殺し屋であればついて回るのが償いとかの話になるのだけど、雲平は「償わない」「償いようが無いこと、取り返しがつかないことくらい8歳児でもわかる」としています。
 なので償いを求められることへの嫌悪感が強いし軽蔑すら覚える。命を等価に見做すことは、彼にとって命の値踏みをしないことであり、彼に出来る最大限の誠意でもある。それでもと言うなら、じゃあ世間様は償えることとは何だと言うのか、お前たちは自分を愛し育てた家族を殺してショックで記憶を飛ばすほど追い詰められた子どもたちに何をした、お前たちならどうしたとーーでもそんなのお前たちにも仕事された人たちも知ったこっちゃないと正論を展開するのだろうね……と、まあ、被害者や遺族には逃避や責任転嫁してるように見えても仕方ないことですね。

 雲平自身、連鎖を遡れば自分で行き止まりなのを承知しています。だから世間様に反論を口走っても、「僕は悪くない」と自らの非を正当化することはありません。仕方ない、と淡々と事実を認めるのみです。
※もっと突き詰める余地はあるけど底無しのどろどろなので割愛

 今回の主題は、雲平が償いを求めないし負う気が無いこと、しかし自分のような存在、知っている苦悶の中にあると感じているものに心を割く点。
 祝さんとの約束を来世で果たしたら、もう転生しないし、天国も地獄も生温いと唾棄して、自分が信じる世界の底の汚泥(末路わぬものども)に沈み溶けるつもりでいます。
 雲平の世界観は【空白の航海】にて触れてるので、省略します。ただ、名前や自我の境界も溶け消える中、「どこにも届かない苦悶」を抱える末路わぬものどもに、「その苦しみ、寂しさを知ってるのが、ここにいるよ。届いてるよ」と対象になることで、雲平が知る最大の苦悶を和らげ、束の間であっても休めるように自分の残骸を使い切りたい。
 彼が向かおうとしているのは、罰でも償いでも救済でもない終わり方。存在の使い潰しなわけでして。

 『自分の存在や魂は使い潰してでも痕跡を残さず消し去りたい』としながら、祝さんとの約束は来世まで持ち越そうとしてること。
 そりゃもし地獄に行くことになっても「生前と変わらず、違う地獄を共に歩いてくれますか」と雲平が願う相手だもの。

 仕事でもないのに自分と同じ轍を、同じ苦しみを辿らせたくない。その信念が、彼の向かう先を定めているのかもしれません。
 そんな彼は決して優しくないです。これを優しいと言っちゃいけないと思います。世界が優しくしなかった人っころひとりに対し、その他大勢の立場から優しいと評価するなど何事かって感じだし。
 末路わぬものどもを世間様が追い出したり切り捨てたり排泄した呪詛ごと穢され忘れ去られたものたちとする以上、その反響に寄り添う姿勢を優しいと形容するのは、世間様に代わって都合良く向き合っているものへの評価のように感じられると言いますか。伝わるかなぁ。
 そりゃ、人間個人単位では彼らに直接関係しないけど、その存在を認識している以上無関係でもないんです。……具体例上げ出すと話脱線するのでやめておこうね。

 雲平の世界観が正だとは言わない。彼が生み出した都合の良い信仰と言えるのかもしれない。
 それでも、雲平は世界の底に沈み、溶けて、消えようとする。自分も末路わぬものどもの一部になるのだと考えて、だけど自棄と言い切るには幼い祈りみたいなもの。
 日向からすれば穢れで、侮蔑すべき対象、非難すべき脅威の数々、あるいは大衆娯楽の題材になり得る悲劇惨劇の類。そんな末路わぬものどもを、沈みに合わせて日向へと巻き上げたり、まとわり付くものに「だいじょうぶだよ、きこえてるよ、とどいてるよ」と受け止めて永遠に反響するものを休ませてあげたいだけ。
 眠くて乱文になってるかも。ここまでー。
畳む

#四季送り #呟き