No.186, No.185, No.184, No.183, No.182, No.181, No.180

四季送り げんみ❌
(なんかどんどんドロドロになった閲覧注意)
 雲平の構造チャート図する度に思うけど、自己完結し過ぎな件。かと言って自己消化できてるわけでもなく、悪循環になってるのは否めない。他の人の胸を借りるにも埒が開かないか悪化する可能性もある。

 おまいう案件なのは分かってんだけどね……! HO秋の業よ。

 手遅れが手遅れにならないためには、リスクをおかしても誰かと少し、膿んだ傷口に指を突っ込んで貰わないと掻き出せないままかなって。

 願われる幸せを願ってないから、ただひとつ、雲平か祝さんのどちらかが死ぬまでに一切の嘘偽り誤魔化し無く言えたら良いと、ひとりで落とし所をつけたことがある。
 自分の命を少しでも錦玉さんに使い切れたら良いと、使い道もひとり勝手に定めている。
 何も言わない、誰にも言わない、自分自身にすら何も言わせない。
 今更、もう何も要らない、欲しくない。願わない、祈らない。
 完全にプログラムだけで生きている。本能を除いて、もう死にたくない、生きたいと思えない、生きてるのが痛いだけ。使い切ることだけ考えてる。その狭間で微睡むように日向をながめて、「そうなれば良い」と思うことの為なら何だってする。大事にする。枷をかけた手をだらりと垂らして握り込んでいる。

 ただ処理して貰うだけにはなりたくないんだ、それじゃ自己満足になる。良い塩梅のシナリオとか、別の動機で選べるシナリオ無いかな。畳む


追記
 雲平が雲平の味方をしない、内部で拒絶し合う泥沼自己否定状態なのも悪いよなぁ。
 これを解除する術がずっと見つからない。自分ひとりならともかく、とんでもないタイミングで爆発するのがダメなんだってば。
 悪感情のベクトルを幾分か外に向けないと内部圧の臨界突破が怖い。四季送り自陣でそれはしたくない。そもそも四季送りで爆発はまずいよ……。畳む


さらに追記
 んー??? いや、それで立つなら問題……どうなんだ? 
 「記憶や真相を知った程度で蝕まれる自分も、他のたくさん分からないことも許せない」
 「望まれるようにはなれない、容認されない」
 ↓
 「承知してたくせに今更何を。どうしたら良いか分からないだとか何でどうしてとか被害者面すんな」
 ↓
 「……疎まれ、憎まれる覚悟、承知しても覚悟が足りてなかったんじゃないか。ふざけるな許さない」
 「大衆の敵であることをいつから忘れていた? 敵なんだからこんなの当然で、いちいち感じてる僕に問題がある」

 みんな、敵。

 真面目なだけより、もはや精神的な自傷行為だろこんなの。極端。馬鹿か。タチの悪い話、本人はクソ真面目に取り組んでるだけだし、痛みには「痛む? ふざけんな何様だ」で自分自身を文句言えなくなるまで締め上げるのが。自己否定の出力方法よ。
 野良時代に逆行してるかもしれんのよ、それはダメ。何がダメって、人間(錦玉さん)を綺麗と思うエラーが起こるくらい人間質にプラス変化の兆しがあったのに、マイナスまで逆行しかねない。
 世界、大衆を敵に感じてるのは今もだけど、“あび”に見た日向の夢を「ごっこ遊び」と切り捨てるのはさ。雲平が死ぬまで貫きたい「誠実であること」に反するのよ。ああだけどこれを切り捨てることが覚悟の証明として有効過ぎるので優先して選ばれかねない……道具100%ルートになりかねないし、錦玉さんも祝さんもむくわれない。
 中の人の権限でも、完全に消去することは出来なかったな……まあ「憎まれ疎まれる覚悟が足りなかった」と思い至ってからの行動にブレーキはかけれたはず。覚悟が足りないなら覚悟を示せ、で静かに自分へのスパルタする予感しか無いからさ。
 「覚悟は必要。自認したなら行動しなきゃ。けれど、そうした先にあるのはヨスガがしたことに寄らない、とも言い切れない。慎重にしなきゃ、ただでさえ僕はヨスガの置き土産なんだから」

 私がそうしたいわけじゃない、むしろ悩みの種なこととして、やっぱ雲平の頭の中に雲平を悪い方向へ押し込む誰かがいるんだよな。音であり、潜在意識なのかもしれない何かが。
 根が深過ぎて、何ならソレのせいで“生まれたときから人殺し”である彼が生まれているので、下手なことができず。
 雲平自身がうまく建前、理屈、筋を通して無意識に対策してるとこはあるので、私にできるのは補強や抜け穴を見逃さないことかな。畳む

#四季送り #呟き #思考整理

 喪の類。久々に「あ、これ声に出てるな」って自覚する寝言を伴う夢をみたのだけど。
 内容が亡くなった幼馴染にうっかり間違えて電話しちゃった夢で、途中までは普通の夢だったのに、最後に電話先の友人に向けて「間違って電話しちゃったけど、声聴けて良かった」と言ったところだけはリアルに口に出した自覚があって、そこで「あ、これ夢なんだ」ってわかった。その間だけ半覚醒ってやつだったんだろうけど。
 そのまままた寝ちゃったし夢も終わったんだけど、目が覚めてみれば、「あの子、こないだ亡くなったばかりだ」と思い出して何とも言えない心地に。
 悪くないよ、寂しさか切なさかはあるけれど。
 声を聴けて良かった。本当に。
 夢だとしても、幼馴染と話せた気がするもの。亡くなったの思い出したの目が覚めてからだから、声に出したのは本当に電話をするときと同じ感覚で。そういうの、夢じゃないとできないじゃん。
 電話というか、夢電話? 出てくれたのかな。ありがとうねぇ。次があれば食事に誘いたいな、結局ランチに行けずじまいだもの。

 幼馴染、出会った頃は血縁者じゃないのに親にも頷かれるくらい私と似てる子でさ。魂の双子かな、って二人で笑ってるくらい近い子だったの。
 学校卒業して、違う進路進んでる間に、まったく違う生き方をして、かつて双子って笑ってたのも忘れるくらい現在地が離れてしまってたのだけど。ここ数年は家が徒歩圏内まで近くなって、唐突☆当日ランチに誘ってみたりもしててさ。
 片割れを亡くした、は言い過ぎかもしれない。人は突然亡くなるものだってこともわかってるし、初めてじゃないからそんなに動揺しなかった(できなかったとも言うのか)。
 それでも、悲しい、寂しい、そういうのはちゃんと感じてたってことかな。

 幼馴染のことがあって、実は意図的に新年の挨拶は喪中の挨拶程度に留めるようにしてたりします。今年もよろしくお願いします、ってね。一部は他の人たちと同じようにおめでとうございますって言ってるけど。
 あーもー。次絶対ランチの夢だからな。畳む

#日常 #呟き

 今日の雑談VCで話してた「誰かの幸せを願うこととは」

 基本的に、私は
①幸せの前提が同じとは限らない
②本当に幸せでなければならないのか
③幸せを願うことには責任が伴う
④人間である限り誰もが幸せな世界は無い
と言った思想を持ち合わせています。
 結論だけ先に言えば、『人間同士、互いを知りながら折り合いをつけ、長い年月をかけて培って象られたものが、幸せだったら良いね』くらいのものなのではないかと。
 そりゃ今幸せなら良いよ。でも幸せじゃないと思うから誰かの幸せを願うのでしょう。

①幸せの前提が同じとは限らない
 別個体である以上、経験してきたものは違います。一般論の幸せは共有出来ても、真にその人にとっての幸せを理解することは難しいのではないでしょうか。
 幸せの前提に差があるほど、解釈違いの幸せはエゴの押し付けになりかねない。避ける為には違いを知る努力を重ねること、折り合いをつけることなのではないでしょうか。

②本当に幸せでなければならないのか
 ①の派生です。幸せであることは善に属することになりがちです。社会的にも人道的にも、好ましいことでしょう。
 ですが、その幸せが大衆にとっては悪なるものである可能性はあります。もしくは、幸せとされるものが個人にとってはそうでないこともあります。
 後者は想像しづらいと思うので例を挙げると、サバイバーズギルドの場合。
「奇跡的に生き残ったのだから幸せになって」
と望まれても、本人にとっては
「私だけ生き残ってしまった。生きなきゃ、笑わなきゃ」
と幸せであることが罰や義務の類と化してしまうことがあります。
 そしてそれらは表出化が難しい。本人が苦悩する姿を見せてはいけないと感じるのもありますが、周囲が「そんなことないよ」と否定してしまうから。不理解を感じれば、本人はますます殻に篭るのではないでしょうか。

③幸せを願うことには責任が伴う
 自分のことであれ、他者のことであれ、幸せを願うだけになりがちです。言うは易く行うは難しなんてありますが、他者から幸せを願われる側の立場は慮られているのでしょうか。
 幸せになれない事情や前提があるならば、その願いは重さになり得ませんか。
 幸せになることを望まない/望めない人間であれば、受け止めるのも苦になりませんか。
 願う以前に、相手の前提を理解出来ているのでしょうか。その上で願いっぱなしにせず、手探りにでも行動出来ているのでしょうか。
 幸せを願うことは一般的には善なることです。故に無碍にできず受け止めてしまう相手も多いでしょう。幸せを願う相手に何が出来るのかを問うことも時に必要なのではないでしょうか。

④人間である限り誰もが幸せな世界は無い
 人間が幸せを知覚するのはどんなときでしょう。私は『満足するとき』なのだと思います。裏を返せば『不足を知った後に、それを満たされたとき』。つまり、不足を克服した時です。
 ここで重視するのが、自己補填が可能な不足とそうでない不足、2種類に分けられること。
 自己補填が可能な不足とは、空腹など他者が無関係な内に解消できる不足。ご飯食べれば良いだけですからね。
 自己補填不可能な不足とは、隣人よりご飯が貧しいと言った他者の存在に由来した不足。嫉妬、憐憫、劣等感などを克服するには、それを補填したり覆すことが必要になります。
 人間は社会生動物。他者と無関係に生きることは限りなく難しく、関係すれば必ず衝突します。有り体に言えば優劣の概念が生じます。
 ですがこれ自体は悪ではありません。他者との比較があるからより良くなろうと努力し、成長し、克服していくのですから。
 ただどうしてもその過程で差が生じる。不足を知り、これを満たしていく。手法は様々で、必ずしも善行と限りません。無自覚に蹴落とし貶める者すらいるのが現実です。カースト心理に繋がる性質でもあります。
 他者の幸せを心から願えるのは人間の美徳ですが、“虐げて良い理由がある者”にはどこまでも残虐になれるのも人間なのだと思います。

 人間嫌いかと言われそうな内容になってますが、これでも希望を持った言い分のつもりです。
 願いはきっと本物ですから。
 私だって周囲にいる人や探索者たちに幸せでいて欲しい、なって欲しいと思います。思うから、何が出来るかは考え続けたいですね。
 合ってるか間違ってるかわからないし、途中経過を見れるのもいつになることやら。それでも向き合い続ければ、知る努力を放棄しなければ、或いは。
 何もしなければ、幸せを願う相手に与える影響は良くて0ですから。間違ったままにならないように対話したいんです。
畳む

#日常 #思考整理

リアルの悲しい話(喪の類)
 今に至る人生の根幹は幼馴染との出会いなのよ。肝心のその幼馴染が年末近くに亡くなるのってなんなのさー!(じたばた)

 ふざけてるようでシリアスです。
 けどこういうことなのよ、別れは唐突で予期できない。本人ですらわからない。
 大袈裟かも知れずとも、後悔しないように関わり続けたい。大好きとかありがとうとか、言える時は言うの。相手を不快にさせない範囲でって前提はもちつつね。
 例え実在の人であろうと、架空の人であろうとも。畳む

#日常 #呟き

 後輩たちとの忘年会行ってきたぞ!
 10年先の代までの後輩たちとの忘年会だ!
 全員じゃない、一部だけのはずなのにあの人数規模になるとは、10年の重みよ。

 考え方が若いなぁと思った子もいれば、相変わらずしっかりしてて私はこの子と何が違うのかと考えちゃった相手も居て、色々刺激をいただきました。後輩にこそ学ばせてもらうことが多い。
 せめて気付きのポイントを掴めるようにアンテナを磨き続けたいな。そこからの思考力、実行力も不可欠なのは承知してるのだけど、気付ける力がベースだよなぁって話聞いてても感じたのでね。
 ……気遣い力も磨きたいな、TRPGに必要。ううう。未熟!畳む

#日常 #呟き