No.113, No.112, No.111, No.110, No.109, No.108, No.107

四季送り げんみ❌
 これはずっと考えてた性癖?の話なんだけど、事後に伸びてる雲平の横でタバコ吸ってる錦玉さんの話さ〜、好きだなって思うのよ。
 誰にも荒らされていない雲平のセを自分の手で漬け込んだ後の喫煙ですよ? 副流煙の方が毒性強いんですよ?
 それを甘んじて吸い込んで、『あなたの呼吸でこの瞬間を生き、あなたの呼吸に寿命を犯されている』構図になるんです。めっちゃ癖だなって……。
 雲平がそこまで分かってんのかって? 公園での夏秋合戦があったからね。帰還後煙草について調べてるはずだし、副流煙が身体に悪いのは理解してるはずですよ。それまでは脳内で繋がってなかったとしても、歩きタバコ問題で耳にはしてるはずなので。
 だけどこれには抗わない。襲われるような目に見える行為には抗うのに、じわじわ毒されるようなのは黙認してると言うか、気付かない様子で覆い隠してる……?
 この違いは何だろうねぇ。畳む

#四季送り #呟き

初収穫したレモングラスで、初ハーブティーしてみました。ストレート。
いける。良かった!
育ててる株、強引に株分けしてしまったから生き延びて欲しいな。ごめんねぇ。。
#日常

四季送り げんみ❌
TL見ながら、雲平の○○率が高くなってくるんだろうなぁ……って。
回答:失踪率
夏越の大祓の人形までTLに流れてきてっからそりゃな?
スッと空気になって溶けるように居なくて、バックヤードとか農園で仕事してるやつ。人の気配しないところが良い。畳む


追記:
ちくせう! 逃げ場が無ぇ!!!
スペース近くの神社にも夏越の大祓、茅の輪があった畳む
#四季送り #呟き

四季送り げんみ❌
 6/12に書きかけてたやつ。
 なんでそんな夢見たんだよって自分でも思うけど、雲平が復讐しに来た魔術使いなモブに襲われて重症、昏睡状態に陥ってる間に標的が“あび”まで広がってしまう。医療施設で漸く意識取り戻しても、皆モブとの戦いの最中で近くに居ない。
 咄嗟の判断で香華先生呼んで現場連れてってもらったら、案の定劣勢の大ピンチ。なので、香華先生に拳銃渡して、自分にセーフティ外して銃口を向けてくれと。その様子をモブに見せつけるまでで良いから協力しろと。
 「復讐を横取りされる!」ーー狙い通りモブの注意も殺意も引きつけて、その間に皆に生きたままモブを無力化してもらって、ってとこで目が覚めたってことはアイツ多分モブに撃たれたな???
 生きてるだろうけど。そこで死ねたらとっくに死んでるんだわ。

 この夢で
・今回は“あび”に飛び火した背景があるものの、自分が復讐で狙われたとしても皆に報復して欲しくない(雲平自身はこれまでと同じに抗いはする)
・復讐を横取りされること、機会を失うこと、やり場を失うことの感情を理解している
・香華先生が直接自分を殺しに来ることは無いと踏んでいるが、モブの目を欺ける程度には生々しい感情が残って然るべきとも思っているのでは
・仕事になると徹底するのは相変わらず。人間の感情を最悪な手法で逆手に取ることも無感情故に厭わない
 香華先生に拳銃持たせてられるのも、絶対撃たない客観的根拠(下手なことすればチトセくんたちのピンチ度が増す)があってのこと
あたりが見えて、苦い顔しちゃった。

 自分が死なない、殺されないって算段があるにしろ、途中の算式に絡む人たちの感情を逆手に取るのは外道だよな……ネガティヴな感情によってそうなるように、それを選ぶように仕向けてる。やめろよ、今朝私ヨスガってHO秋の大先輩(ぜんれい)だよなって呟いたばかりだよ。
 まあね、手段に後悔は無いけれど、そうだな、巻き込んだ人間たちの心をヤスリで擦るようなことをした自覚はあるから、モブ含め全生還させた結果を報酬としても、埋め合わせは必要だよな……と人間的なところでは考えてるはず?
 モブを無力化してもらった後はその場で倒れてるだろうし(そもそも瀕死の身体で出張ってる)、モブの致命的な隙を誘うためとは言え、香華先生と作った光景に錦玉さんやチトセくん、祝さんに酷い感情を与えただろうと罪悪感はある。勿論香華先生に対しても。そこまで分かってて最善手段としてやるんだよ、この(どうぐ)
 怒られるだろうな、でも他に方法無い。自殺しようとして見せるより確実、代わりに皆に塩を塗り込むみたいなことをする。迷う時間も無い。皆を巻き込まない再発防止策練って謝るしかない……それでもきっと足りないんだけど、今、やらなきゃ。
 まあこれ、夢なのでね? 妄言よりも曖昧で出鱈目な話だってことは改めて。ただ、そうなっても今のところ納得しちまうなって話でした。
畳む
#四季送り

四季送り げんみ❌
 雲平が赤ん坊苦手だし、触る?とされても怖がって首横振るのはずっと見えてたんだけど。
 「触れば良いのに」と訊いたら「せっかく綺麗なのに」と返されて、茅の輪潜りの話でもそうだったけど「自分は穢れてる」って自認強いのを再認識したお昼休み。
 赤ん坊周りはちょいちょいダーティーなコメント出てくるんだよなぁ。
 生まれたばかりの赤ん坊を見たら「かわいそう」「気の毒」が最初に湧き上がる。親に対しては「お疲れ様、おめでとう」と無事に子どもの誕生と安定まで乗り越えたことを労る言葉なんだけどねぇ。
 生まれてしまったものは仕方ない? ……解釈の手応えとしてはイマイチ。だったらこの感触の正体は何って話なんだが。

 変な話、『一度でも“道具”として扱われた子ども(人間として表で生きていけるように教育されなかった子どもも同様)』に対しては怖さが減るんだよな。むしろ見て見ぬフリをすることに苛立ちを感じる。それは“あび”の面々に対しても適用されているはずで。
 同情じゃないし、親近感と言えるような軽々しいものでもない。どっちかと言うと「僕みたいになる必要、無い。まだ間に合うだろ」って、そんな気持ち。
 茅の輪潜りのような清浄に類するもの、生誕したばかりの無垢ないのちに対してだけじゃない。弔いに関する物事も制約由来で忌避してるから、赤ちゃんだけじゃなくてこの時期からの夏行事の幾つかは苦手かもしれないな。畳む

#四季送り #呟き