NOTEBOOK

No.132

自探索者などの壁打ち・脳内雑談メモ、日記などです

四季送り げんみ❌
 ダークめ卑屈な話。
 前から雲平が考えてることだったけど、自分の葬式なんかして欲しくない、ってね。
 葬式は人間がやるもので、悼む場で、悲しみしかなくて、でも自分がそれを共感をもって理解してはいけないってね。知ってることなんだよ、子どもの頃から。
 だからと言うわけではないのだけど、道具は道具らしくゴミと一緒に処分して欲しいんだけど、人間として扱う人たち、特に家族である祝さんを、この意向を知るだけでも傷つけてしまうから胸の内に秘め続けるんだと思う。畳む


追記 どろどろしてる
 自分が死んだ時に嘲笑って死体蹴りできるのは決して自分自身でないからさ。死んでるのに出来ないじゃん。
 ごみくずとまとめてピットに落とされてクラッシュされて潰されかき混ぜられて圧縮されて、……もうこの時点で駄目かしら。そういうのを選ぶこともできない。

 そもそも感情で親殺しをした時点で壊れてるはずなのに、殺し屋に成り果ててでも生きる中で「せめて」と誠実であろうとした祈りが「死ぬ瞬間も、死後も苦しまなくて良いように」→殺しの技術だったんだよ。それを踏み躙られて、何もかも意味も大義も無くて、存在自体が過ちだったと底無しの奈落に堕ちてんだよ。
 自分自身を呪い、許さずにいても、自分自身故に何も手出し出来ない。人間社会にしてみれば人殺しの苦痛、虚無感なんか(「ざまあみろ」)なのかもしれないけどね。

 と、鬱々としたことを書きならべてしまった。
 祝さんにとって、“あび”にとって望ましい処分方法なら葬式しても仕方ないと思うけど、最低限にして欲しい、と思うかな。
 悲しまないで、は酷なんだろうし。
 でもひとりくらい心から安堵して「やっとか」「よかった」とか噛み締めて欲しい。それは雲平には出来ないことで、その程度じゃ足りないって憤られて然るべきだとも思うので。またどろどろしてる。

 死体蹴り発言すると、秋の両親も葬式されてないと思うんだー俺。シナリオにも「お墓無いよ」言われてるしな! あは。

 他のみんなたちは普通のお葬式をしてもらおうな。畳む

#四季送り #呟き