四季送り 2025/04/05 Sat 四季送り げんみ❌いやほんと、生還HO秋の続きを読む感情とか存在理由の置き所って何処だよ???※長々と思考整理のためにネガティヴ吐き出してます。※この後、「HO秋は現代版アンラマンユ」→「打開の機は、Fateシリーズにあるんじゃ」という一縷の希望を見出しはしました。ふせったーとか他陣のを見に行ったりするけど、罪悪感抱えない最初から最後まで悪人で貫ける秋ならともかく、抱えるタイプが誰かに依存せず立って生きていけるパターン見た覚えなくて。メタでも目につくところでってのは控えてるんだ、探索者視点となればなおさら見えないようにしてるわけで。加害者のくせ被害者のように振る舞うわけにはいかなくて。被害者でもあるけど加害者なんだよ実行犯。荒城一家とか夏とか祝さんとか、彼らのことを優先して償うべきで、秋が憎悪するべき相手なんて実行犯たる自分自身だし堂々巡りいつも同じ場所で見失う心〜〜〜。確かに秋はメンタル強い PL向けだけど、探索者がどこに落とし所を見出すかは別なわけで、それこそが人類悪を前に非力な人間ひとり、どう生きるのかを観察し考察できるっちゃ他に無い思考実験場ではある。思考実験しとる場合か〜〜普通にメタ視点でお目汚ししたかぁ無いんだわ!発狂したら溜まりに溜まった呪詛噴出させながら発狂内容発露する、ってところで封じ込めるべきか。祝さんの愛情を主柱として、“あび”の面々の友達・改だとか、錦玉さんに所有権委ねたりだとか、食べてる姿を喜ばれてることとか、そういう支柱でズル落ちにくくしながら踏ん張ってるなう。矛盾は歪さになって、いつか捩じ切れてしまうものだけど、耐用年数を維持出来るようには雲平自身手を尽くしてて、秋の人生って現代版アンラマンユじゃんね……。望まれちゃいるけど必要悪、人間社会における貧乏くじ。すべて失って失うことを望まれて、他人から奪い続けて糾弾されて、間違いなく味方をしてくれる兄だって自分が奪ったから縁が出来た人間なわけで。開き直るか擦り切れていくかの2択が基本では。その中でも雲平は自分が認識する仲間たちの願いを支柱に「来世は祝の弟」「友達・改は死んだら彼らを悲しませるから安易に死を受け入れてはならない」「“あび”を彼らの日向であり続けさせる、そのために僕の全部を使う」とかで生存活動の精神力を維持してる。自己犠牲じゃない。犠牲にする自己なんて親殺しした日から持ち合わせちゃいないでしょ。生きるのも存在も矛盾だらけで苦痛しか生み出してないんだよなぁ。他の秋も「苦しみながら生きていくしかないんじゃん」って伏せ書いてたけど。わざと鬱々したいんじゃなくて、本当に苦痛しか無いんだよ彼らの人生。だから手を緩めてくださいとかじゃない、っつーかそんなのどこに命乞いするんだよ? 「こうしてください」って案すら無いのに。そもそも無理なことはしません。答えは無いよ。解決も緩和剤も無いよ。無いんだよな……えーんメタ的に自陣に迷惑かけないならば人の心持たせるべきじゃ無かったな。でもシナリオ想定や罪業との向き合い方としては雲平は満点に近いと思ってます。探索者たちは知らないことだけど、ヨスガでも転生出来てるの、メタ雲平的には理不尽でしか無いです。でも、世界のシステムに反感を持つことは無意味だし徒労でしか無いからね。存在していたくない、来世が終わったらもう生まれたくない。そもそも今世でも完全な存在の抹消(役者が代わるだけとかじゃない、HO秋というポジションも存在しない消滅)が望めるならば、無断で手を出すからなぁ。それが今を生きるにあたっての妥協点でもある故。私は自探索者贔屓したくなくて、あくまでPLPCとNPCとシナリオ全体のバランスをとっていたいと思うけど、雲平はちと中の人からテコ入れせんと沈没まっしぐらなのだわ……人類悪〜〜。自分がたまたまそうじゃないだけの立場に胡座をかいて、そうならざるを得なかった誰かを真っ当に憎み嫌悪し糾弾し罪を問う人間様方、けどその行いは人間社会において真っ当であるが故に罪と呪詛の掃溜めになるしかない現代版アンラマンユHO秋。それ言うたらHO冬はどうやねん捨子やぞ脳も身体もいじられて殺し屋もやって、……でも罪に問われるのは人類的には何処からなんだろうねぇ。一般的な人間としての生活を知らないわけだから。冬の人間としての生が真の意味で始まるのは記憶リセットから解放され、かつ本編終えて転生してからじゃないかと思えば、ある種、HO冬は無垢なんだと思う。この記憶リセットが重要で、その点でHO春の場合は無垢とは言い切れないかなって。でも殺し屋をすることを信頼する父親にGOされてるわけで、父親も腑煮え繰り返る思いでGOした事実は変わらない。第2第3の荒城家を生み出すことを我が子にさせるわけだからね。でも家族を守るためだから仕方ないね。殺された側はそんなの知ったこっちゃ無ぇけども。……荒城家を二度も殺したのはHO秋だって事実は忘れちゃいけねぇ。HO夏は、復讐であれ復讐の巻き添えに他人の命を奪うことを飲み込んでるわけで、そこは逃れようもない業。だけどそれ以外に生きる理由が無くたって仕方ないし、結局ヨスガに目をつけられてて逃げられないのよ。何でこんなに奪われて裏切られて錦玉さんが「幸せになってほしいに返事を返せない」ってなるのも道理でしょ。幸せだった一家も知人も奪って最後には友達候補の希望まで因果で裏切ったのはHO秋だけど畜生どこにでもHO秋の業が出てくるよな。HO秋が仕事失敗すりゃ、もしくは放棄すりゃ、そもそも存命してなければ何かしら変わったかもしれない、たらればの話。でも現実はこうだし、何も変わらない。事実は事実、どうにもならなかった現在だけが残ってるまさに原罪。けどヨスガは償うなんてしないよ、企画や根回しこそすれ実行したのは別の人間たちだ。事情はどうあれ人類は実行した者たちに罪を見て、正答の無い償いを真っ当に請求し続ける。おお、出口の無い人類悪……。畳む#四季送り #思考整理
いやほんと、生還HO秋の感情とか存在理由の置き所って何処だよ???
※長々と思考整理のためにネガティヴ吐き出してます。
※この後、「HO秋は現代版アンラマンユ」→「打開の機は、Fateシリーズにあるんじゃ」という一縷の希望を見出しはしました。
ふせったーとか他陣のを見に行ったりするけど、罪悪感抱えない最初から最後まで悪人で貫ける秋ならともかく、抱えるタイプが誰かに依存せず立って生きていけるパターン見た覚えなくて。
メタでも目につくところでってのは控えてるんだ、探索者視点となればなおさら見えないようにしてるわけで。
加害者のくせ被害者のように振る舞うわけにはいかなくて。被害者でもあるけど加害者なんだよ実行犯。
荒城一家とか夏とか祝さんとか、彼らのことを優先して償うべきで、秋が憎悪するべき相手なんて実行犯たる自分自身だし堂々巡りいつも同じ場所で見失う心〜〜〜。
確かに秋はメンタル強い PL向けだけど、探索者がどこに落とし所を見出すかは別なわけで、それこそが人類悪を前に非力な人間ひとり、どう生きるのかを観察し考察できるっちゃ他に無い思考実験場ではある。
思考実験しとる場合か〜〜普通にメタ視点でお目汚ししたかぁ無いんだわ!
発狂したら溜まりに溜まった呪詛噴出させながら発狂内容発露する、ってところで封じ込めるべきか。
祝さんの愛情を主柱として、“あび”の面々の友達・改だとか、錦玉さんに所有権委ねたりだとか、食べてる姿を喜ばれてることとか、そういう支柱でズル落ちにくくしながら踏ん張ってるなう。矛盾は歪さになって、いつか捩じ切れてしまうものだけど、耐用年数を維持出来るようには雲平自身手を尽くしてて、
秋の人生って現代版アンラマンユじゃんね……。望まれちゃいるけど必要悪、人間社会における貧乏くじ。すべて失って失うことを望まれて、他人から奪い続けて糾弾されて、間違いなく味方をしてくれる兄だって自分が奪ったから縁が出来た人間なわけで。
開き直るか擦り切れていくかの2択が基本では。
その中でも雲平は自分が認識する仲間たちの願いを支柱に「来世は祝の弟」「友達・改は死んだら彼らを悲しませるから安易に死を受け入れてはならない」「“あび”を彼らの日向であり続けさせる、そのために僕の全部を使う」とかで生存活動の精神力を維持してる。
自己犠牲じゃない。犠牲にする自己なんて親殺しした日から持ち合わせちゃいないでしょ。
生きるのも存在も矛盾だらけで苦痛しか生み出してないんだよなぁ。他の秋も「苦しみながら生きていくしかないんじゃん」って伏せ書いてたけど。
わざと鬱々したいんじゃなくて、本当に苦痛しか無いんだよ彼らの人生。だから手を緩めてくださいとかじゃない、っつーかそんなのどこに命乞いするんだよ? 「こうしてください」って案すら無いのに。そもそも無理なことはしません。
答えは無いよ。
解決も緩和剤も無いよ。
無いんだよな……えーんメタ的に自陣に迷惑かけないならば人の心持たせるべきじゃ無かったな。でもシナリオ想定や罪業との向き合い方としては雲平は満点に近いと思ってます。
探索者たちは知らないことだけど、ヨスガでも転生出来てるの、メタ雲平的には理不尽でしか無いです。でも、世界のシステムに反感を持つことは無意味だし徒労でしか無いからね。
存在していたくない、来世が終わったらもう生まれたくない。
そもそも今世でも完全な存在の抹消(役者が代わるだけとかじゃない、HO秋というポジションも存在しない消滅)が望めるならば、無断で手を出すからなぁ。それが今を生きるにあたっての妥協点でもある故。
私は自探索者贔屓したくなくて、あくまでPLPCとNPCとシナリオ全体のバランスをとっていたいと思うけど、雲平はちと中の人からテコ入れせんと沈没まっしぐらなのだわ……人類悪〜〜。
自分がたまたまそうじゃないだけの立場に胡座をかいて、そうならざるを得なかった誰かを真っ当に憎み嫌悪し糾弾し罪を問う人間様方、けどその行いは人間社会において真っ当であるが故に罪と呪詛の掃溜めになるしかない現代版アンラマンユHO秋。
それ言うたらHO冬はどうやねん捨子やぞ脳も身体もいじられて殺し屋もやって、……でも罪に問われるのは人類的には何処からなんだろうねぇ。一般的な人間としての生活を知らないわけだから。
冬の人間としての生が真の意味で始まるのは記憶リセットから解放され、かつ本編終えて転生してからじゃないかと思えば、ある種、HO冬は無垢なんだと思う。
この記憶リセットが重要で、その点でHO春の場合は無垢とは言い切れないかなって。でも殺し屋をすることを信頼する父親にGOされてるわけで、父親も腑煮え繰り返る思いでGOした事実は変わらない。第2第3の荒城家を生み出すことを我が子にさせるわけだからね。でも家族を守るためだから仕方ないね。殺された側はそんなの知ったこっちゃ無ぇけども。
……荒城家を二度も殺したのはHO秋だって事実は忘れちゃいけねぇ。
HO夏は、復讐であれ復讐の巻き添えに他人の命を奪うことを飲み込んでるわけで、そこは逃れようもない業。だけどそれ以外に生きる理由が無くたって仕方ないし、結局ヨスガに目をつけられてて逃げられないのよ。何でこんなに奪われて裏切られて錦玉さんが「幸せになってほしいに返事を返せない」ってなるのも道理でしょ。幸せだった一家も知人も奪って最後には友達候補の希望まで因果で裏切ったのはHO秋だけど畜生どこにでもHO秋の業が出てくるよな。
HO秋が仕事失敗すりゃ、もしくは放棄すりゃ、そもそも存命してなければ何かしら変わったかもしれない、たらればの話。
でも現実はこうだし、何も変わらない。事実は事実、どうにもならなかった現在だけが残ってるまさに原罪。
けどヨスガは償うなんてしないよ、企画や根回しこそすれ実行したのは別の人間たちだ。
事情はどうあれ人類は実行した者たちに罪を見て、正答の無い償いを真っ当に請求し続ける。おお、出口の無い人類悪……。畳む
#四季送り #思考整理