No.163, No.162, No.161, No.159, No.158, No.157, No.156
2025/11/11 Tue
四季送り げんみ✕
FF14 暁月のフィナーレ ネタバレあり
動画をだらーっと見てたら、たまたまエンテレケイアの話があって、たどたどしい話し方をするメーティオンが居て、
「この話し方を参考にした方が、雲平の話し方伝わり易く、字数も抑えられるかな?」
と思ってたんですよ。
ふと気付いた。
デュナミス。思念、情念のエネルギー。堕ちた鳥。終末の、絶望の、呪詛の掃溜め。
雲平は何かと対話したわけじゃないけど、人間の悪性を記憶の限り目の当たりにして蓄積してるからさ。「PvPになり得る発狂なら、こうだろうな」ってのは兼ねてよりあるのだけど、終末の獣に転じかけてる人間っぽさは正直ある。何なら呪詛の残滓だったり、仕事の際に浴びた呪詛や命乞い、悲嘆の言葉を再生してるんだよな。
そもそも雲平の概念がシナリオと嚙み合ってしまって、ヨスガが求めていた絶望、苦痛、悲しみ、怒りと言った感情をモロに浴びて、侵されているんだよ。正直「次の大祓で次期虚の器になっても違和感ないのでは」って思ってるよ。『幸せがわかる感性が、記憶に無くとも経験として存在しているが故では』って説はつい先日ここに書いた通りで、諸々、デュナミス×虚×雲平はあかんなって思いました、まる。畳む
モンスターハンター ゴア・マガラ関連の話 ネタバレ
こっちはさ、雲平がモンハンのモンスターだったら何かって話。
ゴア・マガラの特徴は、狂竜化という、他生物を狂ったように狂暴化させる鱗粉(別称:狂竜ウイルス)を放出する生態。そして繁殖メカニズムが『成体が放つウイルスには生殖細胞が含まれている。これを植え付けられたモンスターは細胞情報を書き換えられ、次期ゴア・マガラに変生する』ってやつ。
HO秋って、自分の仕事で殺した相手、関係者が不完全なゾンビにされたり、アガチにされたり、復讐のために殺し屋になってるわけじゃん。
雲平の場合、「生きるために殺す」で仕事をしていたけど、発端って恐慌状態からの親殺し。狂竜ウイルス=狂気、と見た時、この伝播がゴア・マガラと重なってしまったんだよね。特に『渾沌に呻くゴア・マガラ』という、成体になれなかった特殊個体。
「生きとし生けるもの全てと相容れない」は言い過ぎとしても、「存在してはならないもの」は自覚してるからさ。
(※前者も、雲平は危ういラインでそっちに転がってないだけ、って感触はある。発狂大爆発したらそうなるかも)
ゴア・マガラは目が見えないとか、ばらまいた鱗粉と触覚で周囲を知覚してる、ってのは雲平じゃないけども、成体=虚、呪詛と狂気に耐えきれなくなった場合は、周囲を狂気と惨劇の舞台に変えていくんだろうな……10年前の祭り会場みたいに。最悪。畳む
せっかくだから、雲平が通常の闇落ちをして、どんな願いも叶えられるとしたら? を。
通常の闇落ち=『すべての人間を憎み殺す』までいかない闇落ち。
現状の雲平であれば、通常の闇落ちの範疇に納まる。祝さんや錦玉さん、"あび"の皆、子ども組のことを大事にしてるからね(大事にするのにも、理由をつけて『奪われて当然にさせない』努力をするほどに)。
さて、じゃあどんな願いにするのって、現時点で生存するすべての人間の寿命を合計し、すべての人間に対して等分する。その際、あらゆる傷病、疾患、その他肉体面の不具合も治癒させる。これにより、偶発的な事故、災害、感染症等を除いた死亡は、おおよそ人間同士の悪意によって成された"殺し"であると証明される。
軽率に人の死や不幸を望み、そのくせ手を汚すのは他人任せ、人を追い詰め死なせても無責任に次の標的を探しに行く。自分が対象になるとは思いもせず、排泄する呪詛には無頓着。無自覚に他者を蹴落として、日向に胡坐をかいて日常とやらを謳歌する者どもよ。人の命は尊いと宣わる傍ら、他者の辛苦を慰みに見下ろすばかりの虚言者どもよ。
同じ毒酒を分かち合おう。同じ痛みを分かち合おう。
命は尊く、何人も幸せであるべきなのだろう?
苦しむ短命の者を、テレビ越しに憐れんでいただろう?
すべての命に、生きる権利があるのだろう?
命は等価だ。すべての人間で、等しく残りの命を分け合おう。
その上で見定めよう。その中で証明しよう。
人間は善なるかな。悪なるかな。罪なるかな。
多くの命が一斉に命を終える頃、どれほどの命が新生し、或いは先に命を潰しあっているのか。すべての人間で見張り合えば良い。
……一応、優しさはあるんだ。豊かな命は寿命が減るけど、弱い命は寿命が延びて、しかも健康体になる。人間にはどうにもならないことは奇跡で賄う。それまで閉ざされていた未来に選択肢を、機会を与えることが出来る。すべての人間を、同じフィールドに立たせることはできるはずなんだ。
あとは人間社会のシステムがどこまで補おうとするのか。経済的なところや社会の仕組みまでは左右できないから。そういう証明行為だから。
弱者を食い物にする人間社会。日向から堕ちて、叫びさえ許されず、名前も形も真実も溶けて過去に沈殿していく末路わぬものたち。その存在を常に感じているから、雲平は人間社会というシステムと、軽率な人間たちを憎んでるのかな。このあたりはズレた言語化をしている気がするから、あくまで"かもしれない"程度で。
間違いないのは、雲平はここにあっても「避けれることで、他者に、自分と同じ轍を踏ませたくない」ってことかな。目の前の命に誠実でありたい。せっかくここまで貫けてるんだから、頑張りたいよね。畳む
#四季送り #思考整理
FF14 暁月のフィナーレ ネタバレあり
動画をだらーっと見てたら、たまたまエンテレケイアの話があって、たどたどしい話し方をするメーティオンが居て、
「この話し方を参考にした方が、雲平の話し方伝わり易く、字数も抑えられるかな?」
と思ってたんですよ。
ふと気付いた。
デュナミス。思念、情念のエネルギー。堕ちた鳥。終末の、絶望の、呪詛の掃溜め。
雲平は何かと対話したわけじゃないけど、人間の悪性を記憶の限り目の当たりにして蓄積してるからさ。「PvPになり得る発狂なら、こうだろうな」ってのは兼ねてよりあるのだけど、終末の獣に転じかけてる人間っぽさは正直ある。何なら呪詛の残滓だったり、仕事の際に浴びた呪詛や命乞い、悲嘆の言葉を再生してるんだよな。
そもそも雲平の概念がシナリオと嚙み合ってしまって、ヨスガが求めていた絶望、苦痛、悲しみ、怒りと言った感情をモロに浴びて、侵されているんだよ。正直「次の大祓で次期虚の器になっても違和感ないのでは」って思ってるよ。『幸せがわかる感性が、記憶に無くとも経験として存在しているが故では』って説はつい先日ここに書いた通りで、諸々、デュナミス×虚×雲平はあかんなって思いました、まる。畳む
モンスターハンター ゴア・マガラ関連の話 ネタバレ
こっちはさ、雲平がモンハンのモンスターだったら何かって話。
ゴア・マガラの特徴は、狂竜化という、他生物を狂ったように狂暴化させる鱗粉(別称:狂竜ウイルス)を放出する生態。そして繁殖メカニズムが『成体が放つウイルスには生殖細胞が含まれている。これを植え付けられたモンスターは細胞情報を書き換えられ、次期ゴア・マガラに変生する』ってやつ。
HO秋って、自分の仕事で殺した相手、関係者が不完全なゾンビにされたり、アガチにされたり、復讐のために殺し屋になってるわけじゃん。
雲平の場合、「生きるために殺す」で仕事をしていたけど、発端って恐慌状態からの親殺し。狂竜ウイルス=狂気、と見た時、この伝播がゴア・マガラと重なってしまったんだよね。特に『渾沌に呻くゴア・マガラ』という、成体になれなかった特殊個体。
「生きとし生けるもの全てと相容れない」は言い過ぎとしても、「存在してはならないもの」は自覚してるからさ。
(※前者も、雲平は危ういラインでそっちに転がってないだけ、って感触はある。発狂大爆発したらそうなるかも)
ゴア・マガラは目が見えないとか、ばらまいた鱗粉と触覚で周囲を知覚してる、ってのは雲平じゃないけども、成体=虚、呪詛と狂気に耐えきれなくなった場合は、周囲を狂気と惨劇の舞台に変えていくんだろうな……10年前の祭り会場みたいに。最悪。畳む
せっかくだから、雲平が通常の闇落ちをして、どんな願いも叶えられるとしたら? を。
通常の闇落ち=『すべての人間を憎み殺す』までいかない闇落ち。
現状の雲平であれば、通常の闇落ちの範疇に納まる。祝さんや錦玉さん、"あび"の皆、子ども組のことを大事にしてるからね(大事にするのにも、理由をつけて『奪われて当然にさせない』努力をするほどに)。
さて、じゃあどんな願いにするのって、現時点で生存するすべての人間の寿命を合計し、すべての人間に対して等分する。その際、あらゆる傷病、疾患、その他肉体面の不具合も治癒させる。これにより、偶発的な事故、災害、感染症等を除いた死亡は、おおよそ人間同士の悪意によって成された"殺し"であると証明される。
軽率に人の死や不幸を望み、そのくせ手を汚すのは他人任せ、人を追い詰め死なせても無責任に次の標的を探しに行く。自分が対象になるとは思いもせず、排泄する呪詛には無頓着。無自覚に他者を蹴落として、日向に胡坐をかいて日常とやらを謳歌する者どもよ。人の命は尊いと宣わる傍ら、他者の辛苦を慰みに見下ろすばかりの虚言者どもよ。
同じ毒酒を分かち合おう。同じ痛みを分かち合おう。
命は尊く、何人も幸せであるべきなのだろう?
苦しむ短命の者を、テレビ越しに憐れんでいただろう?
すべての命に、生きる権利があるのだろう?
命は等価だ。すべての人間で、等しく残りの命を分け合おう。
その上で見定めよう。その中で証明しよう。
人間は善なるかな。悪なるかな。罪なるかな。
多くの命が一斉に命を終える頃、どれほどの命が新生し、或いは先に命を潰しあっているのか。すべての人間で見張り合えば良い。
……一応、優しさはあるんだ。豊かな命は寿命が減るけど、弱い命は寿命が延びて、しかも健康体になる。人間にはどうにもならないことは奇跡で賄う。それまで閉ざされていた未来に選択肢を、機会を与えることが出来る。すべての人間を、同じフィールドに立たせることはできるはずなんだ。
あとは人間社会のシステムがどこまで補おうとするのか。経済的なところや社会の仕組みまでは左右できないから。そういう証明行為だから。
弱者を食い物にする人間社会。日向から堕ちて、叫びさえ許されず、名前も形も真実も溶けて過去に沈殿していく末路わぬものたち。その存在を常に感じているから、雲平は人間社会というシステムと、軽率な人間たちを憎んでるのかな。このあたりはズレた言語化をしている気がするから、あくまで"かもしれない"程度で。
間違いないのは、雲平はここにあっても「避けれることで、他者に、自分と同じ轍を踏ませたくない」ってことかな。目の前の命に誠実でありたい。せっかくここまで貫けてるんだから、頑張りたいよね。畳む
#四季送り #思考整理
2025/11/11 Tue
2025/11/07 Fri
2025/11/07 Fri
四季送り げんみ❌
もう既出かどうかもわからんが、赤ちゃん連れてる母親を見る度、
母親には命懸けで育み無事に産めたことに労いの感情を持てるのに、
赤ちゃんに対しては「(生まれてしまって)可哀想」としか思えなくて、それが間違いなのも母親たちに対して望ましくない感情なのも、酷いこともわかってるから、その場には居られない、居てはいけないと痛くてつらくなる。
普通、可愛いねとか祝福の目を向けるのも理解してるから、世間様から白い目で見られて当然だとも思うし、何より「どこまでいっても日向じゃない、異物感」が大きくて、いたたまれない。自分が気持ち悪い。
触れるのも、穢れをうつすようで、殺してしまいそうで。そう、触れたくない。触れちゃいけない、生まれてしまっても、せっかく何も無いのに。真っ白なのに。
だから、雲平は今日も赤ちゃんがこわい。
誰にも言いたくない、言えないことだと思ってるし、話す相手が居るとしてもおそらく杏仁さんなんだろうなって。状況次第だけど杏仁さんが一番打ち明けやすい。
厨房にて毒呪詛を吐き出しても良いって取り交わした相手だからってのもあるけど、『杏仁さんだけが本当の家族を知らない』ってのがダークだよなぁ。
雲平も本当の家族(夫婦)を殆ど知らなくて、知ってるのも思い出してるのも自分事ではない、前の子感覚だし。けど、たしかに自分の両親で、だからこそ否定しないと大量殺人者の親として因果が及びかねなくて。避けたいよ、前の子を日向の親子と同じように愛していたのを感じたから。自分も生まれた時、こんな風に大事にされてたはずなのに、
あかん、この時点でどろどろしてきてる。やめよう。畳む
#四季送り #呟き
もう既出かどうかもわからんが、赤ちゃん連れてる母親を見る度、
母親には命懸けで育み無事に産めたことに労いの感情を持てるのに、
赤ちゃんに対しては「(生まれてしまって)可哀想」としか思えなくて、それが間違いなのも母親たちに対して望ましくない感情なのも、酷いこともわかってるから、その場には居られない、居てはいけないと痛くてつらくなる。
普通、可愛いねとか祝福の目を向けるのも理解してるから、世間様から白い目で見られて当然だとも思うし、何より「どこまでいっても日向じゃない、異物感」が大きくて、いたたまれない。自分が気持ち悪い。
触れるのも、穢れをうつすようで、殺してしまいそうで。そう、触れたくない。触れちゃいけない、生まれてしまっても、せっかく何も無いのに。真っ白なのに。
だから、雲平は今日も赤ちゃんがこわい。
誰にも言いたくない、言えないことだと思ってるし、話す相手が居るとしてもおそらく杏仁さんなんだろうなって。状況次第だけど杏仁さんが一番打ち明けやすい。
厨房にて毒呪詛を吐き出しても良いって取り交わした相手だからってのもあるけど、『杏仁さんだけが本当の家族を知らない』ってのがダークだよなぁ。
雲平も本当の家族(夫婦)を殆ど知らなくて、知ってるのも思い出してるのも自分事ではない、前の子感覚だし。けど、たしかに自分の両親で、だからこそ否定しないと大量殺人者の親として因果が及びかねなくて。避けたいよ、前の子を日向の親子と同じように愛していたのを感じたから。自分も生まれた時、こんな風に大事にされてたはずなのに、
あかん、この時点でどろどろしてきてる。やめよう。畳む
#四季送り #呟き
2025/11/04 Tue
四季送り げんみ❌
雲平のどん詰まり面談ほぼ毎日やってるけど、今日のは整理整頓回だったかなって。
感情としては認知してないけど、悔しい、のだろうね。
・全ての罪も怨みも自分で袋小路。故に望みも拒否権も感情の自由まで許されない。道理が、理由が必要。この制約と認識がどうしても外れない、こじ開けられると精神が壊れそう
・社会の総意(具体的な群衆ではない。所謂世間の意見や風潮のこと。例:人を殺しておいて笑って生きて良いわけが無いだろう)だけでなく、自分自身が自分の未来や家族を奪ってることからくるやり場の無い怒り。それすら「お前が悪い」で止まる
・記憶も家も失い(壊して)、生きるために殺し屋になったのも社会からすれば身勝手。生きているから死にたくない生存本能は自然でも、その為に殺人を重ねたことは許されない。故に、存在そのものが間違い
→だったら僕はどうすれば良かったの。夫婦を殺したのも、その後も、他に選択肢は無かったじゃないか。
→→それでもひとつしかない選択肢を掴み続けた。死にたくない生きるのもこわい、生きるために殺した僕が、死を選ぶのは許されない。結果、間違った存在が生きている。“生きているから生きようとする”、当たり前のことがどうしてこんなにも捻じ曲がってしまったのか。こんなことなら、命になるべきじゃなかった。
→→→自分が存在しないと、祝はヨスガの玩具にされて、より悲惨な結末になっていたかもしれない。誰もが幸せな世界なんて無い。どうして、どうすれば良かったのかなんて、愚問なのだ。便所紙は糞を拭って流されて消えるまでが仕事。僕はまさしく便所紙なのだ。一方、汚れていても愛してくれたり、日向の夢を見せてくれる人たちがいるから、彼らには特に不誠実をしたくない。
→→→→諦観。制約。悔しさを覚えることだって許されない。なのに悔しくて、自覚すれば感情が爆発しそうなのは何でだろう。
『杏仁さんのように何もかも仕組まれて奪われて、閻魔さんからの長年の愛情の記憶まで奪われてる例があるのに、お前は何故、どうしてと問い続けてんの?』って叩き付けたら、それきり心を閉ざして状況が悪化したので、これは取り消し。
殺人考察自体は人間らしいっちゃ人間らしい反応だけど、あーーーーーー
今打ってる最中にピンと来たのだけど、合ってるかな。
大前提として、雲平の基本思考のひとつに、「他人に自分と同じ轍を踏ませたくない」があるのよ。
で、本編中。野宮神社で夫婦に愛されていた子どもの記憶がワンシーン分戻って、尚且つ星の塔で真っ黒な夫婦と対話した。「幸せそう」がわかる感性、自分が愛されてた経験あったからじゃん。そんな人たちを殺した。自分と同じように絶望に突き落とした。その後の「幸せと未来を奪った犯人を許せない」想いに蝕まれる者の発生だって、感情を伴わずとも理解していた。理解できていた上で、生きるために殺した。
じゃあなんで本編完走後になって呪いに蝕まれているのか。情報のピースと、感情的に知覚し始めたからでは。
おそらく本編までは仕事で自分に蓋できてたのが、
・閻魔さんの「訊くことは悪いことじゃない」、ノーチラスへの反旗の企て。「仕事に疑問や違和感を持ってはならない」など、生存戦術の固定概念が罅割れた。
・本編の結果、蓋が外れがちになっている。
・本編完走後、仕事や生活の変容により、それまで知覚していた世界が急激に広がった。
→「自分と同じ轍を踏ませた」。即ち、幸せそうな人を絶望へ。
そりゃ秘匿で飛ばされる通り、「幸せそうな人たちを殺した」って覚えてるよなぁ! 祭り会場の殺戮だって、ただでさえ『せめて恐怖や苦しみのないように』を踏み躙った内容なのに。本来楽しくて幸せな人生のワンシーンなのに、それを絶望と苦痛で彩るんだから……うん。
香華先生に対して「許さないだけで終わるなよ」と思いかけては蓋してるのもさ。香華先生が『第二第三の自分たちを作る行為を息子にさせている、そうするしか無くとも決定した』の原因の一つに、自分があるからってのがあったんだ。そもそも、2度も『幸せから絶望へ』をしてたのがあったのかもね。
当然、錦玉さんに対しても同じ。しかも家族以外に対してもそうしてたかもしれなくて。死神(ヨスガ)の鎌。
……この線で考察すれば、雲平が錦玉さんに所有権委ねたことに対して、「『同じ轍を踏ませるような運用』をしない」って強固な裏付けになるんだよなぁ。彼女もまた、復讐のために殺し屋になって『第二第三の自分たち』を作ってるんだから。
悔しさの理由も、もしかすると、ひとつは『自分と同じ轍(経験)を踏ませていることを感情的に知覚し始めた』からかもしれないね。畳む
四季送り ダンス・ウィズ・ストレンジ げんみ❌
ってことはだよ?
『本来楽しいはずのシーンを純粋に楽しめない、ネガティヴな要素残したままにするの嫌だ、上書きしたい』って、錦玉さんを誘ったのも納得なんだよなー!!? 『幸せから絶望へ』ではなかったけど、お祭りのことと重なったんじゃないか。
だから上書きしたい。上書きしたいの背景、思ってたより根深かったかもしれん……。畳む
#四季送り #思考整理
雲平のどん詰まり面談ほぼ毎日やってるけど、今日のは整理整頓回だったかなって。
感情としては認知してないけど、悔しい、のだろうね。
・全ての罪も怨みも自分で袋小路。故に望みも拒否権も感情の自由まで許されない。道理が、理由が必要。この制約と認識がどうしても外れない、こじ開けられると精神が壊れそう
・社会の総意(具体的な群衆ではない。所謂世間の意見や風潮のこと。例:人を殺しておいて笑って生きて良いわけが無いだろう)だけでなく、自分自身が自分の未来や家族を奪ってることからくるやり場の無い怒り。それすら「お前が悪い」で止まる
・記憶も家も失い(壊して)、生きるために殺し屋になったのも社会からすれば身勝手。生きているから死にたくない生存本能は自然でも、その為に殺人を重ねたことは許されない。故に、存在そのものが間違い
→だったら僕はどうすれば良かったの。夫婦を殺したのも、その後も、他に選択肢は無かったじゃないか。
→→それでもひとつしかない選択肢を掴み続けた。死にたくない生きるのもこわい、生きるために殺した僕が、死を選ぶのは許されない。結果、間違った存在が生きている。“生きているから生きようとする”、当たり前のことがどうしてこんなにも捻じ曲がってしまったのか。こんなことなら、命になるべきじゃなかった。
→→→自分が存在しないと、祝はヨスガの玩具にされて、より悲惨な結末になっていたかもしれない。誰もが幸せな世界なんて無い。どうして、どうすれば良かったのかなんて、愚問なのだ。便所紙は糞を拭って流されて消えるまでが仕事。僕はまさしく便所紙なのだ。一方、汚れていても愛してくれたり、日向の夢を見せてくれる人たちがいるから、彼らには特に不誠実をしたくない。
→→→→諦観。制約。悔しさを覚えることだって許されない。なのに悔しくて、自覚すれば感情が爆発しそうなのは何でだろう。
『杏仁さんのように何もかも仕組まれて奪われて、閻魔さんからの長年の愛情の記憶まで奪われてる例があるのに、お前は何故、どうしてと問い続けてんの?』って叩き付けたら、それきり心を閉ざして状況が悪化したので、これは取り消し。
殺人考察自体は人間らしいっちゃ人間らしい反応だけど、あーーーーーー
今打ってる最中にピンと来たのだけど、合ってるかな。
大前提として、雲平の基本思考のひとつに、「他人に自分と同じ轍を踏ませたくない」があるのよ。
で、本編中。野宮神社で夫婦に愛されていた子どもの記憶がワンシーン分戻って、尚且つ星の塔で真っ黒な夫婦と対話した。「幸せそう」がわかる感性、自分が愛されてた経験あったからじゃん。そんな人たちを殺した。自分と同じように絶望に突き落とした。その後の「幸せと未来を奪った犯人を許せない」想いに蝕まれる者の発生だって、感情を伴わずとも理解していた。理解できていた上で、生きるために殺した。
じゃあなんで本編完走後になって呪いに蝕まれているのか。情報のピースと、感情的に知覚し始めたからでは。
おそらく本編までは仕事で自分に蓋できてたのが、
・閻魔さんの「訊くことは悪いことじゃない」、ノーチラスへの反旗の企て。「仕事に疑問や違和感を持ってはならない」など、生存戦術の固定概念が罅割れた。
・本編の結果、蓋が外れがちになっている。
・本編完走後、仕事や生活の変容により、それまで知覚していた世界が急激に広がった。
→「自分と同じ轍を踏ませた」。即ち、幸せそうな人を絶望へ。
そりゃ秘匿で飛ばされる通り、「幸せそうな人たちを殺した」って覚えてるよなぁ! 祭り会場の殺戮だって、ただでさえ『せめて恐怖や苦しみのないように』を踏み躙った内容なのに。本来楽しくて幸せな人生のワンシーンなのに、それを絶望と苦痛で彩るんだから……うん。
香華先生に対して「許さないだけで終わるなよ」と思いかけては蓋してるのもさ。香華先生が『第二第三の自分たちを作る行為を息子にさせている、そうするしか無くとも決定した』の原因の一つに、自分があるからってのがあったんだ。そもそも、2度も『幸せから絶望へ』をしてたのがあったのかもね。
当然、錦玉さんに対しても同じ。しかも家族以外に対してもそうしてたかもしれなくて。死神(ヨスガ)の鎌。
……この線で考察すれば、雲平が錦玉さんに所有権委ねたことに対して、「『同じ轍を踏ませるような運用』をしない」って強固な裏付けになるんだよなぁ。彼女もまた、復讐のために殺し屋になって『第二第三の自分たち』を作ってるんだから。
悔しさの理由も、もしかすると、ひとつは『自分と同じ轍(経験)を踏ませていることを感情的に知覚し始めた』からかもしれないね。畳む
四季送り ダンス・ウィズ・ストレンジ げんみ❌
ってことはだよ?
『本来楽しいはずのシーンを純粋に楽しめない、ネガティヴな要素残したままにするの嫌だ、上書きしたい』って、錦玉さんを誘ったのも納得なんだよなー!!? 『幸せから絶望へ』ではなかったけど、お祭りのことと重なったんじゃないか。
だから上書きしたい。上書きしたいの背景、思ってたより根深かったかもしれん……。畳む
#四季送り #思考整理

これは他陣HO秋たちの伏せを見ていて思うこと。雲平のどろどろの話ではなくてシナリオに焦点当てた話。
伏せに出す前の下書き→多分出さずに終わる!
生きてられない、理由が無い、生きて償えなんてどうしろって言うのetc. 見かけては「そうだねぇ……」と同じ筵に生きるPLとして思うのだけど、良いかい。
もしそれが探索者が抱える痛みや感情であるならば、それはシナリオが想定したHO秋の方向性として合っているのです。そんなHO秋だから、祝はHO秋を憎むのではなく心から愛したし、寧ろHO秋にそんな生き方を強いたヨスガに矛先を向けて、探し続けていたはずです。これはKP情報の祝さんのところに基づいた解釈ですので、是非目を通してみてください。
私の解釈だけど、祝さんは祝さんのやり方で、詞さんとHO秋を想って11年間、ひとりで戦い続けた。それを支えたのも、紛れもなくHO秋の存在だったんじゃないかしら。
だからね、決してHO秋やPLのメンタルが弱いとか、そういうことじゃないのですよ。受け止めて良いのです。読んでも痛みが溶けなかったり、和らいでもまた疼きに呑まれてしまうかもしれない。私自身が何度も繰り返してますから。弊秋も決して解決してないし、気を抜けば泥濘に溺れかけていますから。
そんな同じHOを握った人間として、俯瞰しての一言でした。
大丈夫、弱くないし、身勝手じゃない。否定しないで受け止めて良いよ。畳む
伏せに出す時はところどころ書き直したり足したりする。
#四季送り #呟き